ある賃貸アパートを所有する中年の男性、山田さんは頭を抱えていた。数カ月前から、彼の物件の一室で住人が行方をくらまし、家賃の支払いもストップしていたのだ。部屋にはまだ家具や私物が散乱している。しかし、その姿を最後に見たのはもう何週間も前だった。
「どうすればいいんだろう?」と山田さんは一人つぶやいた。彼はこのまま部屋を放置しておくことが良いとは思えず、鍵を交換して荷物を片付けるべきだと考えた。ある友人は「契約書に特約をつければ何とかなるんじゃない?」と提案してきたが、山田さんは不安を感じていた。「本当にそう簡単な話だろうか?」と彼は心の奥でつぶやいた。
法律に詳しい知人に相談すると、耳にしたのは「自力救済」という言葉だった。山田さんは聞き慣れないその言葉に眉をひそめた。知人は続けて説明した。「自力救済とは、貸主が自分の権利を守るために裁判所などの公的な手続きを経ずに自らの判断で解決を図る行為のことだよ」と。例えば、鍵を勝手に交換したり、借り主の荷物を処分したりする行為がそれに当たるという。
山田さんは深くため息をついた。法律の世界では、自力救済は法秩序を乱す行為とされているから禁止されている。家賃を滞納したり、行方をくらましたりしている借り主が相手でも、貸主は一歩一歩手続きを踏むしかない。まずは支払いの催告をし、それが無視された場合、契約解除の通知を送る必要がある。そして、最終的には裁判所の力を借りるしかないのだと知人は語った。
それから数日後、山田さんはさらに踏み込んで調べてみた。ある裁判の話が耳に入った。それは、借り主と保証会社の間で交わされた「みなし明け渡し条項」が無効とされたケースだった。22年の終わりに最高裁がこの契約を消費者契約法第10条に反するとして無効と判断したという判例が、彼の心に重くのしかかった。山田さんは自問した。「借り主との契約でこれを適用しても有効にはならないのか?」
山田さんは判例を読み、その結論に納得した。たとえ契約書に特約を記載しても、それは無効とみなされる可能性が高いと理解したのだ。自力で鍵を替えることも、家具を勝手に処分することも許されない。それらはただの「違法行為」として自分に跳ね返ってくるだけなのだ。住居侵入罪や器物損壊罪で刑事責任を問われることすらあると考えれば、山田さんの背筋は寒くなった。
部屋の整理をしながら、山田さんは改めて思った。「何があっても法律に従って進めるしかないな」。手間はかかるが、安心と信頼を守る道は、正しい手続きを踏むことしかないと悟ったのだった。